
2020年2月19日、銃撃事件に巻き込まれ弱冠20歳という若さでこの世を去ったPop SmokeやFivio Foreignらによって成長を遂げてきたNY, Brooklynのドリル・ミュージックがシーンのトレンドである事を疑う者はいないだろう。彼らと共にシーンを盛り上げてきたUKのビートメイカーであるAxl Beatsや808 MeloのビートがDrakeやTravis Scottに用いられ、それに続くようにRich The Kidは “Easy” をリリースし、Fivio ForeignはLil BabyとMigosのQuavoを客演に迎えた “Big Drip” のRemixをリリースしている。
そもそもドリル・ミュージックとはシカゴ南部において2010年頃に誕生したトラップ・ミュージックの派生に位置付けられるジャンルであり、起源的にはギャング間の抗争を背景とする暴力的で不穏な雰囲気の漂う音楽である。Chief KeefやYoung Chopが代表的なアーティストとして挙げられ、彼らのヒットによって全世界的に拡大したドリル・ミュージックの流行の波は海を渡りUKやオーストラリア、スペインなどにローカルなドリルのシーンを生み出した。
その中でも特にUKのドリル・シーンはロンドンを中心に大きく発展しており、その暴力的な内容が犯罪を助長させているとして、UKドリルのアーティストのMVの大半がロンドン警視庁の要請によって削除されるという騒動があった事からも勢いを見て取る事が出来る。
一方でこの様に盛り上がりを見せるロンドンの近く、アイルランドでも独自のドリル・シーンが芽吹いていた。
アイリッシュ・ドリルの起源をジャーナリスティックな観点から辿る事は難しい。それはアーティストと接触する事が信じられない程に難しいからである。このシーンを垣間見る最良の手段はYouTubeであり、そこではただの地下ではなく地中で急成長する文化を見る事ができる。シーンはゆっくりと、そして密かに構築されてきた。ある種のブレークスルーの瞬間が訪れたのは、J.B2とChuksがUKのラッパーRussとコラボした “Link Up” である。2018年11月に投稿されたこのMVは、この記事を投稿している時点で800万回以上の再生回数を記録している。J.B2はアスローンを代表するクルーである090の創立メンバーであり、彼の跳躍感溢れるスタッカートを交えた自由なフロウはオリジナリティに溢れており、曲に独特なバウンスを生み出している。
アイリッシュ・ドリルのシーンの形成にはアフリカ系移民の子供たちがほぼ同時期に成人していることが関係しているとの説がある。この状況は80年代頃にイギリスでジャマイカ人の移民によってレゲエのシーンが発展した事と共通性が見られ、90年代のアイルランドでは一度引っ越してきて子供を産むとパスポートを取得することが法律で定められていたので、文化自体はイギリスからによるものだがナイジェリア人やガーナ人、コンゴ人の移民二世が担い手となってシーンを生み出したと言われている。実際にReggieはリリックにナイジェリア語のスラングを入れていたり、Officaはヨルバ語を使っていたりする事からもその関係性を垣間見る事が出来る。
シーンは明らかに都市を中心に生まれたものだが、ドリルの歴史的なルーツとは異なり10代の若者の倦怠感と貧困にあえぐコミュニティとの間にだけ存在するわけではなく、道徳的なパニックと憤りが渦巻いているわけでもない。アスローンのラッパーであるJug JugとCubezは現在090を構成しているが、AV9とD15という二つのクルーはダブリンのすぐ北側の郊外から出現した。このシーンの若いアーティスト達について彼らがアイルランド人であることを考慮すると、最初に気づくことは彼らがアイルランドのスラングを用いながらも英語のアクセントがUKのそれと同じ事である。090のクルーを管理するSequenceは黒人のラッパーにアイルランド訛りがないのは、アイルランドがアイリッシュネスという抽象的で常に流動的な概念と闘う中で、微妙な人種的な側面が関係しているのではないかと仄めかしている。アイリッシュ・ドリルは確かにアイデンティティーを獲得してはいるものの、あくまでドリル・ミュージックのシーンの中心はロンドンにあるが為に言語的な面で部分的にUKのスタイルに迎合する事を求められていると言えるのではないだろうか。
アイルランドでは人種差別が未だに根強く残っている。 アイルランドのアフリカ国籍者は現在アイルランドの労働市場で最も不利な立場にあり、あらゆる場面で差別に直面していることが明らかになっている。 アイルランドで生まれたアフリカ系移民二世は、両親がナイジェリアや南アフリカなどから来たドリル・シーンの若者たちのように差別を経験している。また、UKドリルのシーンは大部分が既存のギャングのライバル関係を中心に構築されている一方で、統計的に見てもアイルランドはギャング犯罪の発生率は非常に低く、都市部でさえも世界で最も安全な場所の一つである。 その為かアイリッシュ・ドリルのリリックは歌詞の信憑性はともかく、物語性のあるダイアリスティックなものが多い。 ラッパーの中には中等教育を受けている人もいれば、大学に通っている人もいる。「自分たちの生活の中で起こっていることに共感し、ラップをすることができるからこそドリルのシーンに溶け込んでいる 。」とJ.B2は言う。15歳から21歳までの若いラッパーたちでさえも、そのような問題が自分たちのコミュニティに影響を与えていることを十分に認識している。
2018年Spotifyのキュレーター達はアイルランドのヒップホップに特化したプレイリストであるThe New Eireを作成し、アイルランド最大級のフェスティバルのひとつのLongitudeではインディーズからヒップホップ、R&Bへとピボットしていった。 グライムやアフロ・バッシュメントとは明らかに異なるUKのドリルとは対照的に、アイルランドのドリルは内向きではなく、アイルランドのポピュラー・ミュージックとして浸透させようとしている。「アイリッシュ・ドリルは、UKのドリル・シーンよりも、そうでないにしても同じくらい大きなものになると思う」とSequenceは自信を持って語っている。
2020年、ドリル・ミュージックの流行と共に周辺としてのローカルなシーンに注目が集まる中、アイルランドのドリル・シーンから目が離せない。
Writer: Takatsugu Ishida